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栗本薫(中島梓)さんの魅力を語る。

それでは、栗本さんの魅力について、つらつらと語ってゆきたいと
思います。

ええと、彼女が水瓶座のB型であることは、早くから知っており
ました。

デビュー当初の経歴からして、いかにも天才を多く出す水瓶座&
凝り性のB型キャラだと思い。
その後、生年月日から水星が魚座と知って、ますます海王星の影響
=夢想と混沌を紡ぎだす人というイメージが強くなり。

今回、ホロスコープを拝見して、太陽・水星が合。
さらに海王星&土星がダブル状態で、太陽と120度と知って、
なおさら納得した次第です。

海王星の夢想と土星のリアル志向が、創造と主体性を促す太陽に
絶妙な角度で働きかけていた訳ですね。(ちなみに海王星は美意識の
強い天秤座。どうりで洗練された美意識の権化・歩く芸術品キャラの
ナリスさまの存在にも納得。また、基本文字だけの世界でありながら、
数多くの色彩感覚で溢れていたのも天秤座の影響らしい)

しかもどうやら彼女の創造の泉は、ヤヌスの神殿だかミロク教の聖堂
だかのすぐ隣りに湧き出ていたらしい。
グィンのような超堅物で大真面目、謙虚で誠実な彼もまた、まぎれも
なく彼女の一部だったと知ってビックリ。

あとやっぱり無視できないのが獅子座冥王星と水瓶座太陽との180度。
某占術書によると、太陽の活動力を冥王星が限界量を超えてヒート
アップさせるため、ほどほどさがない。無理をしすぎ。妥協のでき
ない人生・・などなど、いかにも納得なことが。

冥王星は狂おしい情熱と妄執の星。それが太陽へ影響することで、
尋常でない執筆量(「グィン・サーガ」以外にもミステリー、SF、
時代もの、評論など)と精力的な活動(ライブ活動や舞台演出など)
を支えてきたのでしょう。

ハードアスペクトという試練が本人を成長させ、栄光へ押し上げた
ケースといえるかもしれません。
ただ一方で、180度の綱引き状態、互いに頑固な不動宮同士(水瓶座
・獅子座)ゆえの不器用さなど、見えない精神的プレッシャーと
なった面も少なくなかったようです。≪↓↓↓≫


ところで、私が栗本作品・・特に代表作である「グィン・サーガ」
を深く愛した理由は、まず第一に私自身が太陽魚座、火星も魚座
で海王星の強い影響があったせいか、彼女の壮大にして、大層
奇想天外でもある作風に比較的楽に順応できたからです。

それと、金星・火星が共に牡羊座の彼女は、特に愛情面での言動が
率直にして、どこまでも赤裸々。
読みながら「これこれ! この展開を待ってたの!」とおもわず
膝を叩かせるような大胆不敵にして、思い切りのよい展開。
そんなところもまた、率直&潔さをこよなく愛するO型人間で、
なおかつ水星牡羊座でもある私をいつも存分に酔わせてくれました。

そして、土星(山羊座の守護星)の持つ真面目さ、ある種の徹底
したこだわり。律義さと持久力。

特にグィンの作中における尋常でなくくどい文体。くどいという
言い方は語弊があるかもだけど、とにかくくどい。細かい。長い。
微に入り細に入り、根掘り葉掘り、延々と・・。
一体どこからこんなに形容する言葉があふれてくるのかと感心する
くらい。それでいてちゃんと滞りなく読ませる。
ピアノをやっていた彼女に言わせると「言葉に音楽的流れがある」
って感じ?

そういう緻密な配慮もまた、アセンダント山羊座の私のツボに
ハマっていたのでしょう。


とにかく、星座的にけっこう共鳴できる部分が多かったように
思います。
あと、今もって非常に感謝しているのが、彼女の作品と出会った
ことで、あの当時の私の読書における食わず嫌いが大幅に改善した
こと。

あの頃の私は、10代特有の潔癖さもあって、特に絵の印象だけで
判断し、手を出しかねていた部分がずいぶんあったのですが。
壮大な「グィン・サーガ」を読んでいくうちに、私自身の感性も
どんどん間口が広くなっていったというか。


そうそう、栗本作品を語るうえで欠かせないのが、彼女の夢想の
根っこに巣食っていたと思える原風景 ―― それが知る人ぞ知る・・
永井豪氏の「デビルマン」(=異形のデーモン・悪魔族に人類が侵略
されてゆくお話)だったと思います。

海外の作家だと、えてして小人や妖精やドラゴンであり、日本人なら
河童や天狗、座敷わらしとか・・。(スタジオジブリのM監督などは
たぶん後者だと思うのですが)

明らかに日本人としては、やや風変わりにして独特の‥癖の強い強烈な
モンスター嗜好。(この一見して風変わりとか、奇抜な嗜好こそが
水瓶座の特徴でして。我が家の水瓶ビトも風変わり&ユーモラスを
かなり地でいってます‥(^^;)


で、そういったものにもずいぶんと慣らされたお陰で、昔は表紙絵
を見ただけで尻込みしていたジャンルにも果敢に手を出すように
なれました。それで多くの秀逸な作品に出会えたことだし、ホント
栗本さんには感謝してます。


それから、若い頃からずっと今日に至るまで、ずっと彼女の作品を
読み続けてきたもう一つ理由として、作品の根底にある≪人間観≫
が好きだったというのもありますね。

小説というのは、原則個人作業の産物ですから、漫画以上に作者
との一体感が強いと思うんです。
読めば少なからず、作者の脳内に直接アクセスする感じ。
ですから当然シンクロ率が悪いと作品についてゆけなくなる。

正直、読んでみたけど合わないと感じて読むのを断念した作家さんも
何人かいらっしゃいました。
でも栗本さんの場合は、(ごく一部の性悪キャラを除いて‥)
人間に向ける眼差しの優しさ。「あなたはそこにいていいんだよ」
といった存在の肯定、許容が深くて、あまり読者をみじめにさせ
ないんですよね。

どうかすると現実逃避しまくりで連日バカばかりやってる‥そんな
自覚ありまくりの人間でも、けっしてみじめにさせないものが。

たぶん、世の中の“女性”をはじめ、弱者に振り分けられる人々。
女性である、または弱者であったばかりにもたらされるむごい仕打ち。
栗本作品には、繰り返し繰り返し幾度となく、そういう描写がある
のですが。

知性と理性を備えた人間社会でありながら、実際には動物の世界
さながらの、もしくは、動物よりももっと凄惨でむごたらしい現実
が、連綿と日々世界のどこかで行われている。
そういうメッセージがいたるところに散りばめられていたように
思います。

おそらくは、栗本さん自身が「女として生まれた」
ただそれだけで、不当に扱われてきた。
そういった深いトラウマに近いものがあって、それらがデビルマン
その他の要素とリンクしていたような。

力や権力にものをいわせて、強者が弱者を虐げる日常。
そうした日常だからこそ、さらに強い存在である異形の怪物達を
登場させ、蹂躙させていたのかな? 
それが無闇に弱者を虐げ、おごれる強者への鉄槌であり、終わらな
い虐待の連鎖に幕を下ろす彼女ならではの夢想であり、終末思想
だったかも。

だいたい、この国は良くも悪くも保守的で‥諸外国に比べると欧米
はもとより、近年では同じアジアの国々の中においてさえ、けっして
弱者に優しい国とはいえなくなってきてるところがあるし。
(要するに、日本が旧態依然のまま足踏みしている間に、他の国々
に追い抜かれていってる感じ)


特に彼女が中島梓名義で出した「コミュミケーション不全症候群」
において語っている印象的な言葉があります。

> 「ダイエットしなくちゃ・・」
> そう思った瞬間からあなたの精神は病んでいる。

昔読んだきりだから、正確じゃないと思うけど、この一文は、
確かに胸にきましたね。

「スリムで美しくなければならない」というのは、社会が勝手に
女性たちに押し付けた理想にすぎない。

「女性は店先で並べられる商品よろしく見映え良くなければ、
 存在価値がない」

そんな他人(社会)の押し付ける風潮に「誰が従ってやるものか」
という感じ。

容姿、特に顔立ちの良し悪しというのは、本人には何ら罪がない
もので。
にもかかわらず、容姿が悪いと存在価値がない、もしくは限りなく
低いと見なされ、冷遇される女性達のなんとみじめなことか。

本人には何ら落ち度のないことで、日々劣等感に苛まれ、傷つけら
れる女性達。それをおおっぴらじゃないにせよ、許してしまっている
社会のありよう。


やがて、栗本さん自身の思いとファンの女性達から寄せられた多く
の思いが結実し、ついに虐げられてきた女性達の魂の救済処として、
新ジャンル(やおい・ボーイズラブ)が成立してゆくことになります。
(これらは一種のモラトリアム‥ピーターパン症候群。主に女性で
あるからこその葛藤、劣等感などから逃避できる世界観で成り立つ)

本当に、異常なほど保守的な我が国において、この新しいジャンル
が早々に確立し、どうにか根付いたのには、栗本さんによる功績が
大きいと思う。
たぶん彼女がいなければ、生まれたとしても、もっと何年も立ち
遅れていたでしょう。
実際に、芸術や芸能界においても、国内より先に海外で評価され、
その後ブームとなったケースのなんと多いことか。

彼女が「小説道場」という形で後輩の指導にまで乗り出し、率先して
精力的に行動してくれたお陰で、出版業界に需要が知れ渡り、
訳もなく虐げられ、行き場のない思いを持て余していた女性達は、
ささやかながら自分達だけの居場所を確保することができた訳です。


また、あるときは、出産後の育児本「息子に夢中」の中で、
こんなことを書いてもいますね。
普通一般的には、「子を持って知る親の恩」というけど、私の場合
はあくまで≪子を持って知る子の恩だ≫と。

子育てをする中で、母親自身が人間的成長というか、気づきを
得るものは大きい。
であるから、親は子供に感謝すべきである。
または、子供に感謝できる親になれ。かな?


そんな彼女が自分の作品を通して、最も訴えたかったことは
たぶん以下につきると思う。

性別や見た目や世間一般論などに惑わされることなく、
「ありのままの自分を肯定してほしい」

本来なら、この世に生まれてこれただけで、素晴らしい。
生きてるだけでも奇跡に近いことなのに・・。

どうも・・ヒトの持つ業の深さというか、際限なき欲望が、
容姿でもテストの成績でも、「何でも平均点以上でないと」とか、
いつの間にかハードルを高くし、要求をいくらでもつり上げて
しまうものなんですよね。

ロクに肯定や容認、褒め言葉といったご褒美はたいして与えないまま、
もっともっととより高い要求だけを突きつける・・自分でも気づかぬ
うちにいわゆる渇望病、クレクレ病になりかけている病んだ人達が
今の社会にどれだけいることか・・。

まず、感謝することと与えることが幸福への近道なのですけどね。

欲することと背中合わせの世間一般論や社会通念になしくずしに
洗脳され、社会に刷り込まれた理想の枠の中に自分だけでなく、
時には他者(我が子)までも無理矢理押し込めようとする・・。

そういう盲目的な右へ習え志向というか、個の主張を無視した
画一的風潮に、断固として最後まで抗い続けた、いわば反骨の人
だったように思う。

(長くなったので、根性と体力があればさらに続く・・予定だったけど、
結局時間とれなくて断念しました。申し訳ないです・・陳謝 m(_ _)m)
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